Satsuki Harmony

messenger,artist,singer&songwriter,voice producer,okami

神石が結ぶ〜壱岐・月讀神社と糸島深江・鎮懐石八幡宮の繋がり〜

さつきの名の役目を確かめに。

前回「壱岐~神々が宿る島~」のつづきです。

「さつき」には、
接頭語の“さ”の「美しい」と
「月」が合わさり
「美しい月」という意味がある、と

大人になって、その深い意味を知り、
月の影響を受ける自分の身体を感じ、
月の力と縁を感じ、想うようになった。。

そして、今は、
スタジオの窓から
月の流れが見え
月の光に眩しいほど照らされ
海に月が沈んでいく
ムーンセットも見ることができる。。

去年冬至に
オハナモアナに来たゲストの方が
壱岐島のことと
月讀神社のことを

教えてくれました。

地図上で名前だけ知っていたけど
何も知らなった島と、その場所へ
“何かの繋がり”を感じて、

その“何か”を確かめるべく
向かった先。。

壱岐島

そして、

月讀神社。。

 

たまたま辿り着いた先は

計画もナビも無く、
レンタカー屋さんに
一番近いビーチを教えてもらって
向かった先。。

壱岐の石田という地域にある
大浜ビーチ。。

真っ白な砂浜と
深いエメラルドグリーンの
グラデーションの海。

前日の荒天候と打って変わって
眩しい光が
暖かな風に乗って
波の上をキラキラと
すべっていく。。

なんだろう。。
初めてなのに、
ずっと知っていたような
安心感。。

この海のエネルギー好きだなあ。
壱岐に住むなら、
ここがいいなあとか
思い浮かべてみる。。

そして、地図を見ると
そこは
まさかの!
いつもスタジオから

見ている海の向こう側
まさに反対側のビーチ!!

本能的に
自分が深く安心感を覚える海
を分かっているのかな。。

壱岐の石田と
糸島の二丈深江を結ぶ
海の道。。

そこに古代からの縁を
感じずにはいられませんでした。。

最古の月讀神社へ。

なんの知識もなく行った場所。

後から知ったことですが、
壱岐は古事記によると、

天比登都柱(あめのひとつばしら)
という別名があり、
「天上に達する一本の柱」
という意味がある。
この柱は、
世界の中心を表し、
天地を繋ぐ路という説がある。

そして、月讀神社は、
神道発祥の地とされており、

神話の中では、
伊邪那岐命(いざなぎのみこと)と
伊邪那美命(いざなみのみこと)が
太陽の神・天照大神の次に
月の神・月読命を産み
その月読命を祀る

月読神社の中で
最古とも大元とも
言われている。

呆気なく在った
こじんまりとした構えに
正直、こんなものかと
思いましたが、

奥へ登っていくと
静粛な氣を感じました。

そして、
いつもなら取らない
何気に持ち帰った“由緒書き”。

そこに、まさかの
オハナモアナのある
二丈深江との縁を
知ることになりました。

古事記に記された鎮懐石のある深江。

その月讀神社の由緒によると、

舒明天皇二年壱岐の公乙等を
筑紫の伊都に遣わし神石を求め、
一つを京都の月読神社に納める。
この石はその昔、
神功皇后が月神の教えにより
お産を延ばされたことで
「月延べ石」と名づけられた。
その石は今
伊都の鎮懐石八幡宮
壱岐の月読神社にあると言われている。

と、書いてありました。

月讀神社と
伊都・鎮懐石八幡宮だけにある
ご神石。

伊都というのは糸島のこと!
鎮懐石八幡宮って
どこにあるのだろう!?と
調べてみると!!

まさかの!!

ここ糸島・二丈深江に!!

しかも
通ったことのある!!
見たことのある
場所にありました!

早速、思い立って行ってみました!

なんともひっそりと静かに
厳かにある鎮懐石八幡宮。

タイミング良く
引き寄せたかのように
神主さんが
外にいらっしゃって

この辺りの歴史を聞けることに。
詳しくは、こちらのホームページで。

その「月延べ石」というご神石とは、
当時、
神功皇后が新羅親征の
ご神託でもあり国務であった
務めを果たすためにも

胎内にいる
神の子とされた皇子を

“安全な場所で
安心なタイミングで産む”ことを
石に祈願し
護られたということが、

古事記にも記されていると。

『日本書紀』(奈良時代 720年)に、
「神功皇后が深江海岸の石を腰/腹に
巻いて安全無事な出産を祈願された」
と記されています。

~「そのとき、皇后は懐胎(臨月)にありました。
皇后はすぐに石を取って腰に挟んで、
祈って言いました。
「事を終えて、帰った日にここで生まれたまい」
その石は今、伊都縣の道のほとり
(現在の糸島市二丈深江)にあり。」~

この社が去年、
新しく復元された際に
中を開けられたとき、
ご神石が幾重にも包まれ
大変丁重に祀られていたそうです。

 

そして、今オハナモアナがある
この辺りは
千年前はまだ
海の中だったそうです。

伊都国と
志摩国に分かれていた頃、
志摩国は島だったのだと。

海面が下がり陸がつながり
伊都国と志摩国が合わさり

“伊都志摩”に

なったと。

さらに深江の中でも
八幡宮の辺りは
“子負ヶ原(こぶがはら)”と呼ばれ
その元の意味は

”子産が原”(子を産む原)
に由来していると。

“生まれること”
“産むこと”の“奇跡”

その奇跡が
どれだけ人を
国を平和に
豊かにするかを
知った今

この地の由来を知ったことは
私にとって希望となる
大きな気づきとなりました。

そして、

壱岐に行く直前に
強烈に降りてきたヴィジョンは、

古えの記憶だったのだと
確信しました。

絵に描いたような
大きな大きな美しい月と
その光に眩しいほど
照らし出された波
幻想的な温かい海。。

そこで
月を読み(見つめ)
月の神と海の神から
メッセージを受取り
国と人々の加護を願っていた。

そして、ここ数年、
神石に導かれることが多く
気づいたら
クリスタルと縁するようにもなり、

オハナモアナに
クリスタルボウルが来てから、
急速に
“忘れていた感覚”が
呼び戻されていると感じます。

この歴史の所縁との関わりは、
これから
深く濃く展開していきそうです。

たまたまのベストタイミング。

壱岐のモンサンミッシェルと
されている小島神社。

干潮時のみに参拝することができ、
島全体が神域で、
小枝一本持ち帰ることが
赦されていない場所。


とくにルートも時間も

決めずに車を走らせていたのに、

ここでも
ベストタイミングで
島へ渡ることができました。

黄昏時に黄金の光のなかに
海が割れて現れる参道は
たった今浄化されたばかりの
厳かな澄んだ空気に
包まれていました。

島を一回りしている間の
静けさのなか
自分の心と対話することが
とても心地良かった。

ここずっと忘れていたなあと。。


名も知らないビーチ。昔見た夢の場所。

車を走らせていたら、
眩しい夕陽のなか、
現れたビーチ。

この場所とっても気持ち良かった。
写真ではそのスケールが
伝わらないけど

ハワイにも似た
原風景を感じるビーチでした。

忘れていたのに行けた場所。

その夜、
たまたま出会った壱岐の青年。

どこかで会ったことあるようで
思い出せない。

その日、弾丸旅過ぎて、
美味しい食を逃した私のために
次の日、島一おすすめの海鮮丼を
食べに連れて行ってくれました。

島で生まれ、
島で育った彼
そして、
島に残り島で生きる彼。

私は、小さい頃から
父の仕事の都合で

色んな所に住んでいたことと
今でも旅が好きで、
定住したことがないので、
ずっと同じところにいる感覚が、
どんなものか分からず、
知りたくて
聞いてみました。

「別のところへ住みたいと
 思ったことは?」と。

『他は知らないけど
 壱岐が一番良い。。』

なんだかその一言が
深く心に響きました。


人は初めからずっと

その場所に見慣れていると
どれだけ美しい場所でも
豊かなところでも

その貴重さを忘れてしまう。

そして、

目の前にある価値を
ここではないどこかへ
理想郷へと彷徨いやすいものだから。

田舎を旅すると
そこで育った若い人から
よくそういうことを感じる。

その土地の美しさや豊かさに
気づくのは、
観光客や外からの人だったり
一度外へ出たことがある人が
ほとんどで

元からいる人は
他と同じように
都市化や開発されることを
望んだりしていることが多いから。

比べたことないのに
初めから
もうすでに
ここが一番だと、

そう思っている
そう思える感覚に

心打たれました。

きっと
壱岐の穏やかな
平和な空気感は

そこに住む人たちの心から
流れているのだなぁと
感じました。

そして、
そんな彼が食事の予約の
時間つぶしに連れて行ってくれた場所。

神社の名前を良くみると
“龍蛇神神社”

そう無計画の旅で、
忘れていましたが、

ここに行くように
“何か”に言われてたなあと。

今回の壱岐の旅から知れた
糸島の歴史。
ご縁。

それはまだまだ深く
そして、
“何かの古えの約束”が
ある気がしています。

それを思い出すような
出来事が起こったり
情報が入ってきたり。

まだまだ役割の謎解きは
続きそうです。。

Leave A Reply

*
*
* (公開されません)